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大阪高等裁判所 昭和58年(行コ)58号 判決 1984年7月06日

控訴人(原告) 吉田善照

被控訴人(被告) 芦屋税務署長

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対して昭和五四年五月三一日付でした控訴人の相続税についての更正処分および過少申告加算税賦課決定処分(ただし、いずれも異議決定で取り消された部分を除く)をいずれも取り消す。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は、被控訴人において「本件相続税の課税根基、税額算出過程は原判決末尾添付の表中の異議決定欄のとおりである。」と述べたほかは原判決事実摘示と同一(ただし、原判決四枚目裏一〇行目の「遺贈は」から一二行目の「死因贈与であり」までを「遺贈は遺贈者が遺言により自らの死亡を原因として一定の財産を受遺者に与える単独行為であり、この遺贈およびこれと相続税法上同視されている死因贈与(法一条一号)はいずれも」と訂正する。)であるからこれをここに引用する。

理由

当裁判所も控訴人の本訴請求は失当であると認めるものであつて、その理由とするところは、左のとおり補足訂正するほかは原判決理由説示と同一(ただし、原判決一七枚目裏八行目の「求め」を「定め」と訂正する。)であるからこれをここに引用する。

第一の争点(民法九五八条の三第一項所定の分与財産取得者に対する相続税課税にさいし適用すべき相続税法は被相続人死亡時すなわち本件では昭和四三年一〇月二七日施行のものか、分与審判確定時すなわち本件では同五二年七月一一日施行のものか)について

法三条の二によると、相続税法上、特別縁故者の分与財産の取得は当該財産(正確には当該財産分与時の時価相当の金額)を被相続人から遺贈に因り取得したものとみなされるのであり、一方、国税通則法一五条二項四号によると、相続税の納税義務は相続又は遺贈による財産取得の時(すなわち被相続人死亡の時)に生ずると定められているのであるから、いまこれらの規定を総合して適用すると分与財産を取得した特別縁故者の納税義務は被相続人死亡の時に成立したものとして扱われ、その税額もその当時施行の相続税法によつて特別の手続を要せず当然算出確定されるものと解すべきである(前記通則法一五条一項参照)。

この点に関する控訴人の所論は、要するに、(ア)前記のような法解釈は、分与財産の取得が家庭裁判所の審判によつて形成確定されることを看過したものであり、一方では通則法一五条二項四号の解釈にさいし民法上の概念を借用して受遺財産の取得時期を遺贈者死亡時と解しながら、他方では前記のような財産分与の民法上の特質を無視した法解釈をしている。(イ)また、もともと法三条の二の趣旨は分与財産取得者に対する課税を従来のような所得税法によらず相続税法によることを一般的に定めたものにほかならないのであつて、同条は納税義務発生時期まで遺贈にならうことを定めたものではない、と主張し、分与財産取得者の納税義務成立時期すなわち適用相続税法は財産分与審判確定の時点のそれであるというのである。

しかし、右所論のうち、(ア)の点は必らずしも正鵠をえた非難とはいえないし(前記説示の解釈は、分与財産取得を受遺取得とみなした結果、その取得時期も後者にならつたにすぎず、特段控訴人指摘のような背理をおかしたものとはいえない。)、(イ)の点についても法三条の二はその文言上分与財産の評価時期を定める等相応に具体的かつ詳細な規定であり、またその前後に置かれている同旨のみなし条項に照らしても、控訴人主張のような概括的一般的な規定と解するのは文理上困難である。

かえつて、法三条の二の立法趣旨は原判決説示のとおりであつて(原判決一七枚目裏五行目から同一九枚目表九行目まで)、分与財産取得者に対する課税は、同法条新設後は、相続税法に拠つて、同法の体系に調和した運用と解釈のもとでなされるべきであると解される。そして、このように考えると、前記説示の解釈は単に文理解釈上のみならず実質的にも十分合理性を有するということができる。すなわち、原判決も説示するとおり、前記説示の解釈はいわゆる「法定相続分課税方式を導入した遺産取得課税」体系を採用している現行法の相続税額計算諸規定(法一一条、一六条、一七条、一八条、三一条等)ともよく整合するのである(原判決二〇枚目表九行目から二一枚目裏七行目まで)。

なおまた、控訴人は上記第一の争点に関連して基礎控除額の不合理性を主張しており(分与財産の評価時点が分与審判確定の時であるのに基礎控除額が被相続人死亡時施行の法による点の不合理性)、いわゆる基礎控除制度の税額算定上の趣旨からすると、本来両者は一定の相関関係を有することが望しいと解され、控訴人の前記主張は一応首肯できなくはないが、ひるがえつて考えてみると、基礎控除制度は一連の税額算出過程の一要素にすぎず、これだけを取り出してその不当性を云々することは必らずしも当を得ないのであり、他の算出過程ひいては法体系全体との関係を看過すべきではないのであつて、以上のような観点を彼此検討すると、前記の点だけをとりあげて前示の解釈を左右することは困難である。

この点に関する原判決の説示中、累次の法改正に伴う具体的な控除額、税率等の改変による課税額の多寡および財産分与が恩恵的であることを理由とする部分はこれを削除する(原判決二三枚目裏六行目から二四枚目表末行までの該当部分)。

第二の争点(分与財産の評価にさいし、分与財産取得のために要した裁判費用等を控除することの当否)について

控訴人主張の裁判費用が法一三条一項、一四条一項所定の控除債務(被相続人の債務および被相続人に係る葬式費用)に該当しないことは前記条項が相続人と包括受遺者にのみ適用されるものであること、およびその控除費目自体からみて明白である。

控訴人はさらに本件評価にさいしては相続税基本通達四一条の四を適用または類推適用して、あるいは同様の趣旨を汲んで、分与財産の時価から裁判費用等を差し引いた額自体を分与財産価額とすべきである旨主張している。そして、前記通達は前記法条のように分与財産価額から特定の控除費目を控除することを定めたものではなく、分与財産価額算定方法自体に一定の例外的修正を加える方法を採用し、該価額算出の段階で分与財産取得者の負担した被相続人にかかる葬式費用、入院費用等のうちの一定のものを差し引きこれを分与財産価額として取り扱うべきことを定めているものである。しかし、前記通達がこのような手法を採用したのは、そもそも法上は財産分与取得者には法一三条・一四条のような控除すべき費目の定めがなく、したがつて原則どおり取得した財産の「全部」に課税されることとされているため(法二条一項参照)、このこととの論理整合性を保ちつつ、なお実質上は前記法条と似た趣旨を例外的に認め、もつて前記特定費用控除との均衡をはかろうとしたものと解される。しかるところ、本件裁判費用等が前記特定控除費目におよそ該当しないこと明白であるから、これにつき前記通達を適用または類推適用し、あるいはその趣旨を汲み同様の解釈を施すこともまた困難である。のみならず、もともと資産税制の下では所得税制のように投下資本回収部分に対する課税を避ける趣旨の必要経費控除の観念はなじまないものといわなければならない。

よつて、結論においてこれと同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 今富滋 畑郁夫 亀岡幹雄)

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